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有機化学2021.01.21

HepatoChem社 赤色光反応

現在注目されている近赤外光(NIR)

 これまでの光化学には、高出力の水銀灯や強烈な紫外光、古典的な反応である[2+2]環化付加やラジカル転移などが
あげられます(文献1)。
新たに光酸化還元反応が発見されたことや、LEDが開発されて利用しやすくなったことでこれらの状況が変化しました
(文献2)。
RuやIrなどの光触媒は青色 LED(450~470 nm)からの可視光を照射することで強力な酸化的・還元的光触媒となり、
困難な有機金属クロスカップリング反応をも活性化することができるようになりました。
多くの合成研究室に青色LED(450 nm)と光反応装置が普及しており、たくさん有機合成に応用されています
(参考文献3)。
現在では、数多くの赤色光光化学反応の応用によって、有機合成研究者の利用できる合成法が拡大しています。
この記事では、これらの赤色光光反応の応用について紹介します。

オスミウム光触媒

 近年の論文では、研究者が利用できる合成条件が近赤外にまで拡張しています。
コロンビア大学のRovisグループとBMSは、赤色LEDに関するプレプリントを発表しました。(文献4)
赤色LED(740 nm)は 低エネルギーですが、Os(II)光増感剤を活性化することで青色LEDによる反応と 同じ反応を実現でき、いくつかのメリットもあります。このメリットは、一般的な触媒(Ru(II)やIr(III))とOs(II)触媒との間にある2つの重要な違いによるものです。(図1参照)
Ru(II)系やIr(III)系では、光触媒の高い吸光度係数によって反応溶媒の内部への光の浸透が妨げられます。
これにより反応に利用可能な光量は制限されるので、スケールアップするためには反応条件を検討する必要があります。
多くの場合は、バッチ反応で使用する触媒の濃度を下げたり(文献5)、フロー合成に移行することで(文献6)
光の透過率をあげる工夫がなされています。
次に、Ir/Ru系では、基底状態S0は金属-配位子電荷移動バンド(MLCT)を介して励起状態S1に励起された後、 項間交差に
よって三重項励起状態T1へ移行します。
これらの移行は非効率的で、一般的なRu光触媒の量子収率は〜9%程度です。結果的に光エネルギーの〜25%を損失し、
熱的に高エネルギーな光が必要となります。

図1: 従来のフォトレドックス触媒とOs(II)触媒の比較
(図は文献4とその中の参照文献からの引用)

 Os(II)光増感剤は、近赤外光で励起された三重項状態に直接遷移することができます(S0⇢T1)。
結果として得られるOs(II)由来の三重項状態T1は、IrやRu系で見られるのと同様のエネルギー準位です(40.8 vs. 46.5 kcal/mol)。
Rovisらは、光還元、光重合、メタラフォトレドックス、及びモルスケールにおけるアレーンのトリフルオロメチル化のバッチ反応について報告しています。
いずれも赤色光を利用した光化学反応の例です。
また、Os(II)触媒は消光係数が低いので、通常の青色光の条件より10倍以上の赤色光が反応溶媒へ浸透することができます。これにより、光還元反応のスケールアップに非常に有利であることが確認されています。

図2:オスミウム光触媒を用いたバッチスケール1Lのトリフルオロメチル化反応

トリフルオロメチル化反応の1Lバッチスケールアップについて、Os触媒を使用したものと報告されているRu触媒の例を比較すると、いくつかの重要な特徴がみられました。
1Lスケールでは、著者らは8つの740 nmライトを用いて22時間照射することで目的物を62%の収率で得ることができました。このセットアップでは、赤色光は青色光よりも23倍も反応溶液に浸透しています。
オスミウム系では、反応収率はスケールが大きくなるにつれて31.6%増加したがのに対し、ルテニウム系ではスケールが大きくなるにつれて収率が27.5%低下しました。
この結果は、オスミウム化学によってスケールアップが可能であるという利点を示しています。
しかし、Harper らは触媒濃度を低くしたり、光の強度を調整することでイリジウム化学によってもラージスケールの合成を成功させています(文献 5)。
小スケールと同じようには行きませんが、365-450nmの光源と従来の触媒を利用したフォトレドックス反応が工業規模で行われています。
さらに、オスミウム自体はコストと毒性の問題が残ります。ですが、ここで概説された方法は、他の新しい光触媒による合成法に拡張・利用することができます。

クリックケミストリー

 光化学における赤色光のもう一つの応用例として、生物-有機化学で最も一般的に使用されている反応があげられます。 Stremhelらは、近赤外光を用いて銅触媒を用いるアジドとアルキンとの環化付加反応(クリック反応)を報告しました。
(文献8)
一連のシアニン光増感剤を用いて、常温下で赤色LED(790nm)を用いてCu(II)をCu(I)に還元することに成功しました。
(図3)
この方法では、追加の還元剤を使用せずに、触媒的に活性なCu(I)種に変換できます。この条件では、Cuはppmレベルで使用することができます。
また今回の報告では、ブロックポリマーの合成がであることも示しており、UVや可視領域、生体組織の深部において吸収できる所望のモノマーに対してクリック反応できることを表しています。

図3:クリック反応

Triplet Fusion Upconversion

 Triplet Fusion Upconversionとは、2つの低いエネルギーの光子を1つの高いエネルギーの光子に変換するプロセスです。 このプロセスは、太陽光発電やイメージングによく利用されています。他の応用の一つである赤色光を利用した光化学においても、このプロセスを通じてより高いエネルギーの光子を生成することが可能となっています。

Rovisグループは、赤色LEDで反応開始するフォトレドックス触媒反応を開発しました。その反応はTriplet Fusion Upconversionを経由することで知られています(文献7)。
この研究では、適切な増感剤と消滅剤をマッチングさせることで、低エネルギー赤外光からオレンジ色と青色の光を利用し、通常は青色光でしかアクセスできない高酸化性/還元性光触媒を生成しています(図4)。
このシステムでは、増感剤は励起種を生成するために光の1光子を吸収し、崩壊して三重項励起増感剤を生成します。
1つの三重項励起増感剤は、1つの消滅剤と反応して、励起された消滅剤を与えることができます。
2つの励起された消滅剤は、そのエネルギーを結合して、より高い励起状態にすることができます。
その後の蛍光により、消滅剤の1つから1つのより高いエネルギーの光子を放出することができます。
この新しい高エネルギー光子は、光触媒(例えば、RuやIr)を活性化して、光レドックス触媒サイクルを開始することができます。 著者らは、このプロセスを「フラスコの中の電球」の大きさを生成するように説明しています。 つまり、青色光が浸透できないような場所で、反応を活性化するためには赤色光より高いエネルギーの光が必要とされるような生体系システムや光活性ポリマーなどの条件でも、光を触媒まで届けることができます。

図4: triplet fusion upconversionにおける電子の詳細。(参考文献9)
図5:1光子の青色光を発光させるための増感剤・消光剤ペアの例

癌治療における赤色光

 生体内でNIR化学を扱う方法は、光線力学的治療の分野で注目されています。
ほとんどの光線力学的治療の治療域は600~800nmの間にあり、各光子のエネルギーは光増感剤を活性化するには十分ですが、生体組織まで透過させるのに課題が残されています。
Zhu Guangyuらによって、生体内で赤色LEDを使用したPt(IV)プロドラッグに関する研究が報告されました(参考文献9)。
彼のチームは、赤色光によって活性化される抗癌プロドラッグであるphorbiplatinを開発しました。 phorbiplatinは暗闇では不活性ですが、赤色光(650nm)を照射することで、承認された抗がん剤であるoxaliplatinと、腫瘍細胞に効果があることで知られる pyropheophorbideに変換されます。
プロドラッグが標的細胞で活性化することで、健康な細胞へのダメージを最小限に抑えることができます。650nm、7mW/cm2の低出力の光で10分間照射すると、phorbiplatinの81%がoxaliplatinとpyropheophorbideに変換されます。
この選択性によって、活性を大幅に向上させることができます。 例えば、phorbiplatinを用いた細胞内腫瘍及びマウス腫瘍に対する治療では、oxaliplatinによる治療と比較して改善が見られました。

phorbiplatinの例で示されたように、治療域の範囲内で発生し得る化学は、医学と材料の両方における幅広い数のアプリケーションに大きな可能性を持っています。 前述のようなOsなどの触媒、または赤色光からより高いエネルギーを生成する方法に限らず、将来性のあるこの分野を拡大していくことは非常に重要です。

図6:フォリプラチン
phorbiplatin
References:
(1) Hoffman, Norbert, “Photochemical Reactions as Key Steps in Organic Synthesis” Chem. Rev. 2008, 108, 1052-1103. https://pubs.acs.org/doi/10.1021/cr0680336

(2) Jagan M. R. Narayanam, Corey R.J. Stephenson, “Visible Light Photoredox Catalysis: Applications in Organic Synthesis” Chem. Soc. Rev. 2011, 40, 102-113. https://doi.org/10.1039/B913880N

(3) Leyre Marzo, Santhosh K. Pagire, Oliver Reiser and Burkhard König, “Visible-Light Photocatalysis: Does it make a difference in Organic Synthesis, Angew. Chem. Int. Ed., 2018, 57, 10034-10072. https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/anie.201709766

(4) Benjamin D. Ravetz, Nicholas E. S. Tay, Candice L. Joe, Melda Sezen-Edmonds, Michael A. Schmidt, Yichen Tan, Jacob M. Janey, Martin D. Eastgate, Tomislav Rovis, “Spin-Forbidden Excitation Enables Infrared Photoredox Catalysis” ChemRxiv, 2020.

(5) Harper, K. C.; Moschetta, E. G.; Bordawekar, S. V.; Wittenberger, S. J. “A laser driven flow chemistry platform for scaling photochemical reactions with visible light.” ACS Cent. Sci. 2019, 5, 109-115. https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acscentsci.8b00728

(6) Thomas H. Rehm, “Reactor Technology Concepts for Flow Photochemistry” ChemPhotoChem, 2020, 4, 235-254. https://doi.org/10.1002/cptc.201900247

(7) Ravetz, B. D.; Pun, A. B.; Churchill, E. M; Congreve, D. N.; Rovis, T.; Campos, L. M. “Photoredox catalysis using infrared light via triplet fusion upconversion” Nature 2019, 570, 343-346. https://www.nature.com/articles/s41586-018-0835-2

(8) Kütahya, C.; Yagci, Y.; Strehmel, B. “Near-infrared photoinduced copper-catalyzed azide-alkyne click chemistry with a cyanine comprising a barbiturate group” ChemPhotoChem 2019, 3, 1180-1186. https://chemistry-europe.onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/cptc.201900012

(9) Wang Z., Wang N., Cheng S.C., Hirao H., Ko C.C., Zhu G. “Phorbiplatin, a Highly Potent Pt(IV) Antitumor Prodrug That Can Be Controllably Activated by Red Light” Chem, 2019, 5 (12) P3151-3165. https://doi.org/10.1016/j.chempr.2019.08.021

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